2011年3月5日土曜日

今、若者が考えていること。

若者が今何を考えているのか。マスコ、評論家、学者等は様々なことをいうが大体外れていると思う。

1、ネットに対しての考え

京大等、4大学の入試問題がネットに投稿された事件が、テレビ、新聞でかなり騒がれいているがこれに対して、、「ネットの使用方法が問題」とか散々なことをいっている。このような考え方は何十年前の話であり、一般的にネット利用者は誰もそんなことを問題視していないように思える。それより私たちは、ネットを利用して一層進化しなければならないのに、我々は何十年も同じところに踏みとどまっている。試験問題の傾向が何十年も一律とか馬鹿じゃないだから変えろよ。試験問題を一つ見ただけでも、大学側が生徒の成長を援助しようとする意思が感じられないのがわかる。学問と称して権力を振りかざしているようにしか思えない。学生に一々いう前に学校側がやらなければならない事が沢山あるように思える。
そしてもうどうしようもないのは、ネットは「非現実」みたいな、さも公式みたいに、一律的で考える人たち。ネットは、「現実逃避のもの」、「犯罪を起因する恐れがある」、「ネットが原因で人々は人間関係が希薄化している」等々出鱈目なことをいうが私はこのように考えていない。
なぜなら、ネットは人間関係を希薄化させるものではないから。ネットはただ単にコミュニケーションするための手段にすぎないから、人が沢山集めれば変なことをし始める人が出てきても何もおかしくない。17世紀に出現したコーヒーハウス、人々がコーヒーハウスに集まって談笑した。それが切っ掛けでコーヒーが庶民の間では流行りはじめたのは周知の事実だろう。当初、コーヒーハウスは人々のコミュニケーションの場であったが、次第にいかがわしいものが氾濫し始め国家取締るようになった。そのような過去があるコーヒーハウス(現、喫茶店)は今でも庶民のコミュニケーションの場として機能している。喫茶店もコミュニケーションをとるための手段の1つにすぎない。別にネットが特別なものではない。

2、人と人との人間関係

昨今は、人と人との繋がり方が変わってきたに過ぎないと思う。単純に昔と今の人間関係を比較して人間関係が希薄したのかの問いにと答えられないだろう、社会の在り方自体が変化したのだから。
また、それに関連して若者のコミュニケーションのとり方が変わったのに大企業は今までの連絡網を駆使しているのだから、若者と会社を動かしている幹部達の考えが伝わらないのは、当然といえば当然である。それを「若者は何を考えているかわからない」・「自分の意思が若者に伝わらない」とかをいうのはお門違いである。